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理事長ご挨拶

社会福祉法人 悠朋会 理事長 小林 功のご挨拶

「介護の現場から発信したいこと」

社会福祉法人悠朋会理事長 小林 功

団塊世代といわれる人たちが全員75歳超となる2025年には250万人の介護人材が必要になり、増員ペースが現状のままだと35万人が不足になるという。増員ペースは今より上がるとは思えず、むしろ離職による減少の方が危惧されている。介護職の離職率の平均は16.5%。事業所間でばらつきがあり10%未満の介護事業所が約半数を占める一方で30%を超えるところが約20%存在するという統計がある。地元相模原市内でも公的機関の情報提供ホームページ「介護情報サービスかながわ」などを覗いてみるとこの傾向が見て取れます。施設が完成しても職員が集まらずスタートを延期したり、入所者数を制限しているといったことはよく聞く話です。

私が所属する社会福祉法人悠朋会は平成10年設立。千代田デイサービスセンターの立上げがスタートでした。平成12年には介護保険制度が施行され、訪問介護事業、居宅介護支援事業所(ケアマネージャー部門)の開設、障害者支援の分野では訪問介護と相談支援事業所の開設と在宅介護ひとすじでやってきました。

現在の事業規模として利用者数でみると千代田デイサービスセンターは約100名、ヘルパーステーション千代田は介護保険対応200名、障害者総合支援法対応100名といったところで、これは同業の事業所の中でも頑張っているレベルなのではないかと思っています。しかし人材が集まらない悩みは共通です。特に訪問介護員不足が深刻です。常勤、非常勤含めて70名程度の陣容でやっていますがこのレベルはこの2,3年変わりません。増減の内訳で特徴的なのは離職数は少ないのですが、新しく入ってくる人の数が低迷していることです。新聞の折り込み求人紙には毎週介護職員募集に多くのスペースが使われていますがかなりの費用を使って広告しても反応はゼロというということもあります。

介護の仕事に就く人たちの多くは「働き甲斐がある」という理由でこの仕事を選択しているのだと思います。魅力のある仕事には見えなくなっているのでしょうか?

 

「きつい」「汚い」「給料が低い」・・・介護の仕事は一般的にこう見られてきたと思います。一方、介護保険制度以前からの論客で知られる三好春樹氏は、次のように3Kを表しています。「感動が得られる仕事」「健康になれる仕事」「工夫が出来る仕事」と。

「感動」は人生も価値観も異なる利用者との関係の中で少しでも満足を感じてもらえるよう自分の力をつくすことで自己実現ができること。命の尊さとそれに寄り添う介護職という仕事の尊さを体感できる仕事です。そして利用者からも「ありがとう」の言葉が得られることはこの仕事の大きな喜びです。

「健康」は文字通り心身の健康。「人」そのものが対象の仕事で、その人の気持ち、身体の状態と関わる仕事はこちら側の心身を健康にしてくれるものです。

「工夫」は自分のオリジナリティーが出せることです。介護という仕事は利用者一人一人に対してその時々の状況に適した接し方や介助の方法が必要となります。自分なりのアイデア、技術、持ち味が発揮でき、やりがいになっていきます。

利用者の生きてきた歴史を知り、その人生の最終ステージに寄り添い、安寧で有意義な生活づくりに手を貸していくことを通して自己の持つ思いも実現していく・・・介護の仕事はそんな仕事だと思っています。

 

にも関わらず離職者が多い、新しい人材が集まらないのは何故なのでしょうか?
一番の問題は制度が安定していないことにあると思います。

介護保険制度では種々の介護サービス(特養、デイサービス、ホームヘルプ、グループホーム、小規模多機能、福祉用具・・・・)ごとに事業者に支払う介護報酬の額は国が決めています。3年毎に報酬の見直しが行われ平成28年4月までに6回の改定が行われてきました。途中二回はプラス改定がありましたが基本は「引き下げのため」の改定であり社会保障費圧縮のもとで今後もその方向で行われていくものと思われます。

保険制度の中で行う事業は、自分たちが行う介護サービスの価値は「公定価格」で縛られることになり、これが下げられればダイレクトに「売上減」となります。もともと事業運営経費の中に占める人件費率が高い業界であり影響は職員の人件費に向けられることになります。

介護職の給与の水準は他業種に比べてどうなのか?いろいろな数字が報道されています。それらの数字のばらつきが非常に大きいのが気になりますが正しい情報がありません。極端なケースが報道されている可能性もあります。公的機関の実態調査もありますが調査方法や公表方法は正しく実態を表し、比較するには不十分です。今後処遇改善加算をどうするかも含めて国が明らかにしていくべき事項だと思います。個人的には公務員との格差がどれくらいなのかを知りたいところです。

「介護職員処遇改善加算」という国の施策があります。前述した介護報酬は「基本報酬部分」と「介護職員処遇改善加算部分」の二本立で事業所に支払われます。加算の部分は介護サービスの種類によって異なります。この加算部分を財源として介護職員の給与アップを図ろうとするもので他の経費に流用することは出来ないことになっています。国の試算では3~4万円程度の月収アップ(常勤換算)の効果を見込んでいます。当法人でもほぼその程度の効果が得られる計画ですが事業所間、サービス種別間で大きな差が生じているものと想定されます。平成27年4月の報酬改定ではこの加算部分の増額がありましたが、基本報酬は大幅な減額となりました。加算はあくまでも枠外の調整金的なものであり、将来は「ハシゴをはずされる」ものとして業界では懸念しています。そのため多くの事業所では、処遇改善の方法は基本給アップではなく一時金で支給することにとどまっているのが実情です。

 

人件費を抑制するために職員の配置への影響も出てきます。介護保険事業を実施する事業所は行政からの指定を受ける必要があり指定基準の中にその事業を行うための職員の配置基準があります。これは最低基準のようなもので職員のサービスを充実させるため通常はプラス配置をしています。このプラス配置は職場の余裕を生み出すものであり、職員の満足度も高めます。しかし業績が悪化すればプラス配置にも影響が出てきます。職員への負荷が増し、利用者へのサービスの量・質のレベルが低下します。職員に不満、不安が出てきます。職場の空気が変わってしまいます。離職を考えるきっかけに・・・。
このように度重なる介護報酬の引き下げは、介護という仕事に人が集まらない状況を作り出してしまっているのです。

 

制度の改定は介護報酬だけでなくサービスの内容にも及んでいます。よくホームヘルパーがやっていいこと、わるいことという話を耳にすると思います。入浴・清拭、排せつ、食事、移乗・移動、更衣・整容等の身体介護はわかりやすい介助ですが、掃除、洗濯、調理等の生活援助には様々な規制が設けられています。特に同居家族がいる場合の掃除の範囲、洗濯物の範囲、調理の範囲・・・。現場のヘルパーが悩む場面です。

散歩の介助も気分転換とかリハビリ目的ではヘルパーの仕事として認められません。お年寄りにとって外出することは心身の健康のために有意義な機会になると思いますが介護保険でそれを行おうとすると簡単なことではないのです。デイサービスの場合でも同じようなことがあります。桜の季節のお花見外出は定番の行事になっているようですが、デイサービスセンターという箱の外へ出ることについて利用者個別の理由づけにスタッフたちは知恵を絞っているのです。病院への通院介助もヘルパーにとってやりにくい仕事になっています。病院までの付き添い時間は仕事としてカウントされますが病院内の患者の介助は病院の仕事という建て前のもとヘルパーの院内での待ち時間の付き添いは認められていません。

ホームヘルパーの滞在時間も改定毎に短縮されてきています。当初は一時間から二時間の滞在中に念入りな身体介護、生活援助を行い、利用者の健康状態、悩み事、気分の変化等の貴重な気づきの時間がありました。現在は30分、45分、長くて1.5時間といった滞在時間になっています。ホームヘルパーの行う生活援助は単に利用者のできない行動を代行することではありません。利用者の出来るところの観察、意欲の引き出し、それが出来るように生活場面を作り出していくことへの適切な働きかけからこれからの人生の可能性を考え、希望を育ててもらうことがホームヘルパーという仕事の専門性なのです。しかし短時間で必要最小限の目的達成に向けてフル稼働で家事をこなすヘルパーと、出来栄えに不満そうな利用者の顔・・・現場にはこんな構図も見えてきます。この仕事のやりがいは利用者とのコミュニケーションで笑顔が見られた時・・・この時間が得られにくくなってきている現実があります。

 

前々回の法改正の時だったでしょうか、国の審議会で「ヘルパーがやりすぎるので利用者のADL(生活能力)が下がった・・・」という指摘があったと聞いています。まさかの冗談と思っていましたが本気の話でこれがきっかけで「自立支援」の名のもとでホームヘルパーの仕事への制約が強まった経緯があります。大事なところを見てくれないと多くの関係者は悔しがったことでした。

人間が生きていくために必要な三要素として「衣・食・住」があげられます。キリスト教圏では「フード(食)・シェルター(衣、住)」に「LOVE」が加わると聞いたことがあります。文化の差を感じます。人間らしく生きていくためには「LOVE」が必要。それを感じながら仕事をしていきたい・・・・介護の仕事に就く人たちの共通の気持ちだと思います。
それが実感できなくなると介護という仕事の魅力は一気に失せてしまうでしょう。こんなことも考えながら法律を決めていくような文化が育つことを望みたいものです。

 

国は「重度の要介護者となってもなるべく長く住み慣れた地域で暮らす」という大義を掲げ、施設、病院から在宅へとケアの場所を移行していく政策を打ち出しています。今後の政策の中心となるのが「地域包括ケアシステム」です。地域包括ケアシステムとは、介護が必要となった高齢者も、住み慣れた自宅や地域で暮らし続けられるように、「住まい」「医療」「介護」「生活支援」「介護予防」のサービスを一体的に受けられる支援体制のことを言っています。

高齢者の7割は「介護を受けながら自宅で暮らしたい」とアンケートに答えています。その受け皿となるよう地域ごとに環境を整備することが国の狙いです。最大のポイントは全国一律のケアシステムではなく市区町村が中心となり地域に見合ったシステムを構築していくことをあげています。その方向性の第一弾として平成27年4月の法改正で比較的軽度の「要支援」者が利用できる介護保険サービスから「予防通所介護」と「予防訪問介護」が外され、市町村の地域支援事業に移行させることが決定されました。

現行のサービスに対して「多様なサービス」が提唱され、特に強調されているのが「住民の自主的ボランティア活動」です。高齢者の衰えは「心の健康」「家族・社会との関係」の落ち込みから「気力」「交流」の衰えが始まり、それが続くと家事行為の能力の低下を招き、最後に身体機能に及んでいくといわれます。衰えの進行に対し、これまで在宅介護サービスの柱であるデイサービスとホームヘルプサービスは極めて有効な役割を果たしてきたと思います。

今回の地域支援事業への移行は利用者からみれば受けられるサービスの縮小となりますが、それを補うため「互助」という助け合いの取組が求められています。いま地域では自治会や、福祉団体、ボランティアグループが様々な住民同士の支えあいの活動を模索していますがこれから実効性と継続性を伴う活動として確立していくには長い時間がかかると思います。今後この地域の活動の中で最強の社会資源である私たち専門職が果たしていく役割は大きいと思います。

お隣の家の中まで見えるような近所づきあいがあった時代から現在のプライバシー保護で固められた時代への変化の中で突然「互助」といわれてもとまどうばかりです。これからの日本に互助を基盤とする文化を築くには国の方向性を経済成長路線から「福祉文化成長路線」へ大転換するくらいの決意が必要になると思います。

 

介護の仕事にはエビデンスが無いといわれます。エビデンス(Evidence)とは「行ったことに対する効果の科学的根拠・証明」のことです。比較されるのが「医療」です。科学的に対して非科学的、定量的に対して定性的、近代的に対して前近代的、客観的に対して主観的。介護の仕事を「感情労働」と表現する人もいます。・・・以前は技術の世界にいた者としてこの比較では「介護」は確かに勝ち目はないと思います。しかしこんなことも考えます。「科学はヒトを客観的な生命体として見ますが、介護の立場では主観的な命として関わります。人には個人差というものがあります。科学の世界では統計の分布から外れたものを扱うのを苦手としますが、介護の世界では当たり前のこととして考え、むしろ得意とするところでもあるのです。」

医療の世界でもEBM(エビデンスに基づいた医療)からNBM(Narrative:物語に基づいた医療)へとの意識の変化が始まっていると聞きます。患者さんを病気という部分だけでなくその人の人生も含めた視点で看て行こうということでしょうか。

その人の生きてきた歴史を知り、人格を受け入れ、心に深く寄り添いながら自分自身の思いを日々形にしていく仕事。これは介護の仕事に就く私たちが最初からやってきたことです。自信を持ってよいことだと思います。

 

介護職員が集まらないことから話をはじめました。そして介護の仕事の良さを伝えようと思いましたがうまくまとまりません。言いたいことはただ一つ。私たち介護職員は意義ある、面白い仕事をやっているということです。大勢の仲間が介護の職場で活躍されることを期待します。

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